足し算芸術としてのアニメ(4)



◯コミュニケーションを促進する装飾だらけのアニメ

『輪るピングドラム』(2011年、監督:幾原邦彦、制作:Brain's Base)TVシリーズ全24話




前回、『四畳半』『化物語』『まどマギ』『サマーウォーズ』を同じように「表現方法そのものを足し算する」として一絡げにしてしまったが、本当は前2つと後ろ2つは全然違うことに気づいた。




『まどマギ』における「ふわっとした色彩の鉛筆画のような現実世界」と「グロテスクなコラージュによる魔女世界」。『サマーウォーズ』における「ジブリ的表現による田舎の風景」と「ソーシャルゲーム的表現によるバーチャル世界」。これらは「ストーリーや主たる表現と違和感を起こす要素を入れることで、強い印象・カタルシスを引き起こす」ものであり、それは例えば『新世紀エヴァンゲリオン』が残酷な戦闘シーンに対してクラシックの名曲や童話をぶつけたのと同じである。要するに、あくまで視聴者が作品内でショックを受けるための方法なのだ。これはシュルレアリスム絵画における、意外な組み合わせによってショックを与える手法=「デペイズマン(d〓paysement) 」と同じだ。なので、まとめ方を修正すると次のようになる。




A:アニメとはそもそも絵を足していかないと作れない、という意味での「足し算」→「内在的足し算性」

B:美しい画面を作るために描き込む、という意味での「足し算」→「描き込み的足し算」

C:違和感を起こす要素を組み合わせる、という意味での「足し算」→「デペイズマン的足し算」




一方、『四畳半』『化物語』そして今回取り上げる『ピンドラ』は、「ストーリーと関係なく単体で取り出して楽しめる要素を散りばめる」ために様々な表現を取り込んでいく。結論から言えば、それは作品外に視聴者の活発なコミュニケーションを発生させるべく、作品内に一種の起爆装置を埋めこむことである。例えば『化物語』でよく出てくる字だけのカット。映るのは1秒にも満たないのにやたらと長い文章が書いてある。これは動画がネット上で分析されることを前提に作りこまれている。




『ピンドラ』の作者である幾原邦彦は独特の演出で知られる監督で、難解で意味不明な部分の多いアニメを作るとの定評がある。なので、実は『ピンドラ』の作品紹介はとても難しい。だいたい、1話を見ても何のアニメかさっぱりわからない(ようにできている)のだ。ジャンルや雰囲気(ノリ)といった、普通は一作品にひとつしかないはずのものが、複数個同時存在する。シリアスなヒューマンドラマ、明るいファンタジー、魔法少女もの、サスペンス、少年漫画的バトル、、一体どれがメインなのかわからないまま物語は進んでいくのだ。究極の足し算アニメだといえる。

少しずつ全貌が明かされてくると、地下鉄サリン事件と愛というテーマが見えてくる。それだけ聞くとかなり重い話のようだが、それを仮にメインコンセプトだとすると、そこから外れる要素があまりに多すぎる。魔法少女もの的変身バンクシーン、ピクトグラムで描かれる通行人、80年代ロックバンドARBの楽曲、特徴的な建築空間、紙芝居的表現、お色気要素、おしゃれなファッション、数々の決め台詞、無意味なゴキブリの繰り返し、、そして『ピンドラ』最大の謎であるペンギン! 全編を通して現れるコミカルなペンギンは、全くもって無意味。何の役にも立たないし、その割にどんな大事なシーンにも乱入してくる。というよりこのアニメ全体がペンギンのモチーフで統一されているのだが、それが何なのか全く理解出来ないのだ。




「よくわからないもの」に対しては「考察スレ」が発生し、ファンの間でコミュニケーションが生まれる。『エヴァ』が大ヒットした一つの理由でもあるだろう。しかし、それだけではない。ARBの楽曲は往年のロックファンや邦楽ロックマニアを刺激するかも知れないし、ヒロインの陽毬の着る可愛い洋服は商品化され女性ファンの購買欲を高めるかも知れないし、ペンギンはマスコットキャラとしてグッズ展開があるだろうし、決め台詞は二次創作的に利用されていくだろう。部分がコンセプトから自由であることが、より多くのコミュニケーションを生み出すのだ。ここで「部分」を「装飾」と言いかえるなら、次のようなことが言える。




「装飾とはコミュニケーション・トリガーである」




D:作品外にコミュニケーションを発生させるための「足し算」→「装飾的足し算」





もちろん、これが一番うまかったのが『エヴァ』であり(そういえばペンギンも出てきた)、GAINAXだった。彼らが得意としたパロディ・オマージュというのは、それとわかる人間に対して密かに開かれるコミュニケーションであった。お色気要素というのは、作品のコンセプトとは独立したファンサービスだった。それらは「なくてもストーリーを進められる」という意味で「装飾」なのだが、装飾がなければ話題性も生まれないと言えるだろう。





※これを見ても何もわからない




というわけで、アニメにおける足し算を4つに分類し終えたところだ。ただし、A:「内在的足し算性」はアニメそのものの性質のことを言っているので、人が操作できる足し算は「描き込み的足し算」「デペイズマン的足し算」「装飾的足し算」の3つになる。



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